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韓国の神話とニンニク
 
★ニンニク多食の文化★
「韓国の神話とニンニク」 建国の神話と大蒜
 エジプトのピラミッド建設労働者たちが、ニンニクやタマネギを食べて体力を作って、あの壮大なピラミッドを建てたことは良く知られている。
〜〜ピラミッド建設労働者はニンニクで体力を作る〜〜
ニンニク 6千年前のピラミッドの壁画にその事がかかれているからである。
朝鮮にも建国にまつわる神話がある。これを「壇君神話」という。
この神話の事を記した『三国遺事』(13世紀)によれば、古朝鮮つまり壇君朝鮮(B.C2333)時代の話しが出てくる。
熊と虎が一つの洞窟の中で生活しながら、天帝の子である恒雄に、「どうか人間にしてください」と願いでたので、ヨモギ一束とニンニク20個を与え、「おまえたちがこれを食べて百日間太陽にあたらなければ人間になれるだろう」と言い渡す。
熊は言われた通りにしたので21日目に女性(熊女)になった。
虎は言われた通りにしなかったので人にはなれなかった。
こうして神話の中にニンニクが登場するわけである。
神話の成立年代は、いまから約4千3百年前ということになるが、これには異論が多い。
ところが1990年代になってから、北朝鮮の歴史研究家たちが、この神話に出てくる
壇君の墓を確認したと発表したのである。
4千数百年前が本当がどうかの問題は別として、古くから伝わる国が作られた話しの中にニンニクが出てくると言うのは、かなり古くから、身近にあったものと考えてよいだろう。
ニンニクの事を現在朝鮮語では「大蒜」、「蒜」または「葫」とあらわしている。
『三国遺事』の記述では「蒜」として出てくる。
『三国史記』(12世紀)には「立秋後の亥の日に蒜園で後農祭りをとり行う」とある。
つまり蒜園があるということになる。栽培されていたという事だろう。
のちの『東医宝鑑』では大蒜をニンニク、小蒜をラッキョウ、野蒜をノビルと区別している。
〜〜神話の中のニンニクはノビルの説が有力〜〜
 果たして神話の中の蒜は中央アジア由来の栽培種だったのだろうか。
これについては韓国の有名な食文化科学者である故李盛雨氏は著書の『韓国食文化史』(教文社 1984年)で、栽培種のニンニクではなく、小蒜、野蒜の類でノビルではないかとしている。
神話の成立年代が言われているとおりだとすれば、栽培種がニンニクだったとすれば、逆に神話の成立年代があやしいという事になろう。
ノビルもニンニクの同属のアリウムなので、これを利用していた事は、今日のニンニクの多用につながることは、間違いない。
ところで漢字で示すと蒜(サン)と呼ぶのに、どうしてマヌルと呼ぶようになったのか。
『名物紀略』(1840年頃)ではその語源について、ニンニクの辛さが強烈なので、猛辛(メンラル)と呼んだ。やがてこれが、訛ってマンラルにかわり、マヌルになったとする。
もうひとつ『東言考略』(1908年頃)では「蒜をマヌルとするのは、馬蒜(マラル)だからだ」としている。
古い時代から、強烈な匂いのするニンニクを、生活の中にしっかり取り入れて、その価値を生かした生活文化を作り上げたといえるだろう。
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