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トウガラシの普及
 
★トウガラシの文化★
トウガラシの普及
(鄭 大聲:滋賀県立大学教授)
ニンニク 日本から来たので倭芥子と呼び、「毒」があるといって、これの使用に疑問を持った人がいた17世紀はじめの朝鮮半島は、いまやトウガラシ消費王国となっている。
  料理の味が辛いとされる今日のトウガラシ王国は。どのように出来上がってきたのか、また先に伝播した国の日本列島と同じでないのはどうしてなのか。
  朝鮮半島の辛いトウガラシの味が定着するのには、かなりの歳月が必要であった。
〜〜毒物扱いの記述から百年を経て食生活に定着〜〜
 トウガラシ以前にいくつかの香辛料がつかわれていた。山椒、芥子、ニンニク、胡椒、蓼、生姜などである。
  これに新しくトウガラシが加わることになるが、そう簡単に一般化していない。
1600年代末ごろの料理作りが記された書『要録』、『飲食知見方』、『酒方文』にはキムチ作りはあるが、それにトウガラシは使われていない。
  トウガラシが生活に必要なものとして登場するのは、1715年の『山林経済』からである。
 『芝峰類説』の毒物扱いの記述からほぼ100年が経っている。その50年後の1765年に、この書を補った『増補山林経済』に、初めてトウガラシを使った漬物、つまり今のキムチタイプのものが出てくる。
  トウガラシが庶民の食生活にポピュラーな材料となるのには、相当な歳月が必要だったことが解る。
〜〜既存の辛い漬物の存在が、朝鮮にて定着した理由〜〜
 それでも先に知られた日本の九州とは違い、なぜ朝鮮半島では生活の中にしっかりと取り込まれるようになったのか。
  いくつかの理由が考えられている。
一つは漬物類にすでに他の香辛料が使われていたこと。山椒、ニンニク、蓼、胡椒、芥子などで、漬物には「辛いもの」があったことになる。これらにも勝る辛味を持つトウガラシを徐々に使い慣れるようになったのだろう。
  また春に植えて夏に実をつけるが、未熟な果実は辛くなく、野菜代わりに貴重な存在となりえた。
  次に、当時貴重な輸入品であった胡椒の代わりに使われるようになったとみられることである。
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